書評

あなたの周りにもきっといる! 「意識高い系」という病~ソーシャル時代にはびこるバカヤロー

「意識高い系」これはもともと就活用語でした。人生をやたら前向きに送っている人たちを表したポジティブな言葉だったはずですが、最近では「意識高い系(笑」と表現されるように、ちょっと痛い人、必死な人とといったネガティブな意味を込めた言葉になってしまいました。今日はそんな「意識高い系」の人たちの正体を鋭く暴いた一冊を紹介します。

なぜ意識は高くなるのか

facebook、mixi、Twitter、その他いろいろ・・・ ネット上に存在するソーシャルなサービスを駆使し、セルフブランディングに余念のない最近の若者たちがいます。この本は主に就職活動を迎えているそんな学生が焦点です。この本を読んでいくと、

「意識の高い人は、どうして意識が高くなったのだろうか?」

という、疑問が頭に浮かんできます。意識が高いといっても、その程度は人それぞれだと思います。明確な原因などはないのでしょう。

でも私が思うに、意識が高いという人は、自分で自分を信じることができず、他人からの承認要求の高い人たちなのではないかと気づきました。だから、たぶん世の中に人間が自分1人しかいなかったら。きっと意識なんて高くならないのだと思います。

意識が高くなる環境

インターネットの普及にともない、どうしても自分より優秀だったり、有名だったりする人の情報がダイレクトに飛び込んでくる状況が生まれてきました

そんな人たちと、自分を比べた時、あまりの自分の小ささや下らなさに、打ちひしがれ絶望した人も多いと思います。私はWebクリエイターですが、この世界で仕事をすればするほど、圧倒的に優秀な人たちとのスキルの差にへこむ日々を送っています。

ありのままの自分を認められず、必死に勉強したり、強がってみたり、無理やり自分を納得させようとしたり、どうしたらいいいのかわからず、悶々とした日々を送っています。

「なんとかして追いつきたい」
「自分も有名になりたい」

そんな風に考えた一部の若者が、他人から見ると滑稽にも思えるほどの、意識の高さを生み出しているのではないでしょうか。

意識の高さの正体

ネットの世界では、成果や評価がシンプルな数字として観測することができます。Twitterならフォロワー数、facebookなら「いいね」や友達の数。そういったわかりやすい指標って簡単に飛びつくことができます。

ちょっと人とは違うことや、なんだかすごそうな事を、発言すると、いいねやフォロワーが増えてくる、あの感覚。他人からすれば、ちょっと気になっただけのアクションかもしれませんが、意識の高い人は、そういったわかりやすい数字にダイレクトに反応してします。人からフォローされまくっている、俺、かっこいい! という考えが、意識の高さの正体ではないでしょうか。

だから自分自身の成長とは、実はあまり関係がないのではないかと思いました。

意識の高さはどう解決するか

私は別に意識が高くてもいいと思うんですよね。周りの大人たちから「痛い」とか「気持ち悪い」とか思われていても、自分の好きな事をできるのが若者の特権だと思うからです。

若いときにどんな風に過ごしてきても、引きこもったり、病気にならなければ、時間が経てば、嫌でも「社会」というものに関わって生きていかなくてはなりません。

そうなれば、高くなければならないのは「意識」ではなく「自分」自身なんだ、ということに気づいてくるのではないでしょうか。

きっとこの本は意識の高い当事者には今は何も響かないかなぁと思います。でも、彼らも年をとり仕事で活躍し、家族を持つようになれば、「ああ、あの頃はガムシャラだったなぁ」なんて述懐するようになるのではないでしょうか。

その時に「意識が高い」だけじゃだめだ。今を丁寧に生きることが大事なんだ。と、気づいてくれたらそれでいい。そんな風に私は思いました。

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目標必達のために鬼努力を惜しまない個人事業主。記事執筆・ホームページ制作・メディア運営・コンサルティングのお仕事をしています。立命館大学中退。放送大学教養学部の全科履修生。中小企業診断士とFP1級を目指してハードに勉強中。

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